La rivière boisée (23)

La rivière boisée 「木々豊かな川」ほどの意味のフランス語だ。豊かな河とはこの町を通って流れるボイシ川のこと、この町とは私が積年の苦労の果てに辿り着いたボイシ(Boise)、boisとは木のことで、国歌のLa Marseillaise に次いで覚えたフランス語だ。ボイジとも読まれ、かつて金鉱を管理していた軍の砦 Fort Boise が市名になったという。 西北に小高い丘陵を背負い、半ばに清流が流れるこの町は、流石かつてオレゴントレイルの要だったと謂われる趣がある。

ところで、BがVならvoice ヴォイスだからと、cとsは措いて私はつい前まで Boise をボイスを呼び慣れていた。「そうか、ボイシか…. 」。それと知るやボイシ、ボイシと反復に励むことしきり。また、州名の「アイダホ」はショショーニ・インディアンの感嘆詞 “Ee-dah-how” だ、とほどなく教えられた。 “Ee” は「降りてくる」という意味、 “dah” は「太陽」と「山」の双方を表し “how” は「驚き」の意味でショショーニ語では感嘆符 (!) でもあるという。つまり「Idaho」はインディアン語で「注意せよ!太陽が山から降りてくる」ということになるという。これも後に仕込んだ後知恵である。

ポテトで知られるアイダホ州の州都、ボイシは私が選び抜いた「アメリカの大学」Boise Junior College (現Boise State University)がある町だ。恩師チェイフィ先生はその学長で、これ以上コンパクトな大学はあるまいと思うほど小ぶりな単科大学だ。選び抜く過程で譲れない条件は二つ、小ぶりなことと日本人がいないことだったのだから、まさに願ったり叶ったりの学舎だった。

さて、先生ご夫妻との初対面を緊張裏に済ませた私は、翌日、折から夏期休暇で学生たちの影もない大学キャンパスの一角、男女それぞれ一棟ずつある学生寮の一つ、Driscoll Hall に一部屋をあてがわれて荷物を解いた。ベッドに机だけの三畳に満たない小部屋、それでもベッドなどに寝たこともない私には別天地に思えた。マットを揺らしながらひとり興じること暫し、ふと視線が天井灯に吸い寄せられるや、その洋風な形状に私は唐突に「外国」を感じた。いま思えばなんの変哲もないシェードの形だが、その瞬間、今まで見たこともない舶来っぽさを見た。『そうか、俺は日本を遠く離れたアメリカにいる』、行ってみたいと拘っていた国に、いま、来ていると自覚するや、どっと止めどない孤独感に襲われた。天涯孤独とはこんなことか…. 。私はその時、骨の髄に沁みる寂寞の何たるかを知った。

明日には仕事の打ち合わせがあるという。束の間のひととき、キャンパスの全容を掴んで置こうと思い立つ。私は部屋の整理はさておいて外に出た。寮の中庭には名も知らぬ黄色い花々が咲き誇って、周囲の芝の緑を際立たせていた。芝といえば、キャンパスは一面に濃緑の西洋芝で、1メートル幅のセメントの回廊が縦横に走っている。それを西へ辿って、私は川辺に出る。ボイシ川だ。幅100メートル余ほどの流れで、川向こうには広い木々の豊かな緑地が広がっている。(のちに知る Julia Davis Park で、以後好んで散策した公園だ。)

ボイシ川に沿って南へ、急ぐでもない足どりでほぼ20分。芝生が切れる辺りで左右に走る大通りに出る。標識にCapitol Boulevard とあるこの通り、どうやら町を東西に背骨のように切り伸びる往還らしい。左へ、これも20分余のそぞろ歩きで College Drive にぶつかり左折、これを北上、キャパスを反時計に回る道順で、日差しをコンパスに小一時間ほどで寮に戻った。

『明日は仕事の初日だ。トムと会う日だ』。私は部屋の整理を済ませ、立て付けの机に持って来た本や道具を備え付けて、再び部屋を出た。前日、チェイフィー夫人に教えられていた軽食店へ。Round House というこの店は、それから折に触れてお世話になる文字通り円盤形のレストランだ。アメリカ最初の自前のひと飯、なけなしの財布で食えるものが果たしてあるやなしや。

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